最初の一歩でつまずかない ― 要件定義でプロジェクトは決まる

レポート

最初の設計が、すべてを決める

プロジェクトの成否を左右する最も重要な初期工程、それが「要件定義」です。

要件定義とは、プロジェクトで「何を」「なぜ」「どのように」作るのかを明確にし、関係者間で合意形成を行うプロセスです。この工程で曖昧さや抜け漏れがあると、後工程での認識齟齬、仕様変更の頻発、手戻りの発生、そして最終的には「作ったけれど使われない」システムや、「期待していた効果が得られない」プロジェクトを生み出す直接的な原因となります。

多くのプロジェクト失敗事例を紐解くと、その根源には要件定義の不備が存在することが少なくありません。「言ったはず」「聞いていない」「そういう意味ではなかった」… こうした悲劇を繰り返さないためには、要件定義の重要性を正しく認識し、体系的かつ精緻に進める必要があります。

本記事では、なぜ要件定義がうまくいかないのか、その原因とプロジェクトへの深刻な影響を分析し、Vision Consultingが提唱する、プロジェクト成功の礎となる「質の高い要件定義」を実現するためのアプローチについて解説します。

なぜ要件は曖昧なまま進んでしまうのか?

要件定義が不十分なままプロジェクトが進行してしまう背景には、以下のような要因が潜んでいます。

・要求と要件の混同: ユーザーや顧客から発せられる漠然とした「要求(Requests)」を、そのまま具体的な「要件(Requirements)」として捉えてしまい、深掘りや整理が不足している。

・「なぜ?」の欠如: その機能やシステムが「なぜ」必要なのか、どのようなビジネス課題を解決し、どのような価値を生み出すのかという目的・背景が十分に共有・理解されていない。

・ステークホルダーの特定・関与不足: 真のニーズを持つユーザーや、システム化による影響を受ける関係者を特定しきれていない、または要件定義プロセスへの関与が不十分。

・コミュニケーション不足・認識齟齬: 関係者間での対話やドキュメントを通じた意思疎通が不足し、「分かったつもり」のまま進んでしまう。

・暗黙知・属人性の壁: 特定の担当者の頭の中にしかない業務知識やノウハウが、言語化・形式知化されずに要件定義から漏れてしまう。

・非機能要件の軽視: 機能要件(何ができるか)ばかりに目が行き、性能、可用性、セキュリティ、拡張性といった非機能要件(どのように機能するか)の定義が疎かになっている。

・制約条件の考慮不足: 予算、納期、技術的制約、法的規制など、プロジェクトを取り巻く制約条件を考慮せずに要件定義を進めてしまう。

・定義手法・ツールの未熟さ: 要件を引き出し、整理し、文書化するための体系的な手法(インタビュー、ワークショップ、プロトタイピング、ユースケース分析など)やツールを活用できていない。

・「早く開発に着手したい」という焦り: 要件定義に時間をかけることを嫌い、不十分なまま設計・開発フェーズに進んでしまう。

・合意形成プロセスの不備: 定義された要件について、関係者間で正式なレビューと承認プロセスを経ていない。

 

要件定義の不備が引き起こす「負の連鎖」

要件定義の不備は、プロジェクトの後工程に以下のような「負の連鎖」を引き起こします。

・仕様変更・手戻りの頻発: 開発が進むにつれて、要件の解釈違いや考慮漏れが次々と発覚し、仕様変更や設計・開発の手戻りが頻繁に発生します。

・スコープクリープの誘発: 曖昧な要件定義は、後から「これも必要だった」「あれも追加してほしい」といった要求の追加(スコープクリープ)を招きやすくなります。

・スケジュール遅延とコスト超過: 手戻りやスコープクリープへの対応により、当初の計画からの大幅なスケジュール遅延とコスト超過が発生します。

・品質の低下: 度重なる仕様変更や、要件の不整合により、システムの品質が低下し、バグや不具合が発生しやすくなります。

・ユーザーの不満と利用率の低迷: 完成したシステムがユーザーの期待や実際の業務に合わず、不満が生じたり、利用されなくなったりします。

・プロジェクト目標の未達: そもそも解決すべき課題や達成すべきビジネス価値がずれているため、プロジェクトが完了しても本来の目的を達成できません。

・チームメンバーの疲弊とモチベーション低下: 繰り返される手戻りや顧客からのクレーム対応により、メンバーが疲弊し、モチベーションが低下します。

・関係者間の信頼関係悪化: 「言った・言わない」の水掛け論や責任のなすりつけ合いが発生し、関係者間の信頼関係が悪化します。

 

Vision Consulting流「価値創造型」要件定義

Vision Consultingは、単に要求を文書化するだけでなく、プロジェクトの真の価値を創出するための「価値創造型」要件定義を推進します。

1. ビジネス目標との整合性確保: まずプロジェクトが目指すべきビジネス目標や解決すべき課題を明確にし、全ての要件がその目標達成にどのように貢献するのかを常に意識する。

2. ステークホルダー分析とエンゲージメント: プロジェクトに関わる全てのステークホルダーを特定し、それぞれのニーズ、期待、影響力を分析する。要件定義プロセスへの積極的な関与を促し、多様な視点を取り込む。(テーマ63の実践)

3. 体系的な要求抽出手法の活用: インタビュー、ワークショップ、アンケート、業務観察、プロトタイピング、ユーザーストーリーマッピングなど、状況に応じた適切な手法を用いて、潜在的なニーズを含む要求を網羅的に引き出す。

4. 要求の分析・構造化: 抽出した要求を分析し、要求間の関連性や優先順位を明確にする。要求を構造化し(例:機能要求、非機能要求、データ要求、制約条件)、抜け漏れや矛盾がないかを確認する。

5. 「要求」から「要件」への転換: 分析・構造化した要求を、具体的で、測定可能で、達成可能で、関連性があり、期限が明確な(SMART原則)「要件」へと落とし込む。

6. 非機能要件の徹底定義: 性能(レスポンスタイム、スループット)、可用性(稼働率)、セキュリティ、拡張性、保守性、移行性など、システムの品質や運用に関わる非機能要件を具体的かつ定量的に定義する。

7. 要件の文書化と可視化: 定義した要件を、関係者が理解しやすい形式(要件定義書、ユースケース記述、画面仕様書、データモデル図など)で文書化・可視化する。図やモデルを積極的に活用する。

8. プロトタイピングによる早期検証: 特にUI/UXに関わる要件や、新規性の高い機能については、早い段階でプロトタイプを作成し、ユーザーに提示することで、認識齟齬を早期に発見し、フィードバックを得る。

9. 厳格なレビューと合意形成: 文書化された要件定義について、全ての関連ステークホルダーによるレビューを実施し、正式な承認を得る。合意形成のプロセスを明確に定義する。

10. 要件のトレーサビリティ確保: 各要件が、どのビジネス目標に紐づき、どの設計要素、テストケースに対応するのかを追跡可能(トレーサビリティ)にしておくことで、変更管理や影響分析を容易にする。

 

事例紹介/筆者経験

ある企業の顧客管理システム再構築プロジェクトにおいて、当初、営業部門から出された要求リストに基づいて要件定義が進められていたが、具体性に欠け、部門間の要求に矛盾も見られた。

Vision Consultingは、プロジェクトの目的を「顧客満足度向上と営業効率改善」と再定義し、関連する全部門(営業、マーケティング、カスタマーサポート、IT)の担当者を集めた要求定義ワークショップを実施した。

現状業務の可視化、課題の洗い出し、理想の顧客体験の具体化などを通じて、部門横断的な視点での要求を抽出・整理。さらに、主要な画面についてはペーパープロトタイプを作成し、早期にユーザーからのフィードバックを得た。

その結果、曖昧だった要求は具体的な要件に落とし込まれ、部門間の合意形成も円滑に進みました。最終的に完成したシステムは、現場での利用率も高く、当初の目標達成に貢献しました。

この経験から、要件定義は単なるヒアリングではなく、関係者を巻き込み、共に「あるべき姿」を描き、具体化していく「共創」のプロセスであるべきだと確信しました。

アジャイル時代における要件定義の進化

アジャイル開発の普及により、初期段階で全ての要件を完璧に定義するのではなく、開発を進めながら要件を具体化・進化させていくアプローチも一般的になっています。

しかし、アジャイル開発においても、プロジェクトの目的やコアとなる価値、主要なユーザーストーリーといった、方向性を定める初期の要件定義(またはそれに類する活動)は不可欠です。むしろ、変化を前提とするからこそ、ステークホルダーとの継続的な対話を通じて、常に最新のビジネス価値に繋がる要件を見極め、優先順位付けしていく、より動的な要件管理能力が重要になると言えるでしょう。

検討手順

質の高い要件定義を進めるためのステップは以下の通りです。

1. 目的・スコープの明確化: プロジェクトの背景、目的、達成目標、対象範囲を明確にする。

2. ステークホルダーの特定: プロジェクトに関わる全ての人・組織を洗い出す。

3. 要求抽出計画: 誰から、何を、いつ、どのように要求を引き出すか計画する。

4. 要求の抽出: 計画に基づき、インタビュー、ワークショップなどを実施する。

5. 要求の分析と整理: 抽出した要求を分類、構造化し、矛盾や抜け漏れをチェックする。

6. 要件への落とし込み: 分析・整理した要求を、具体的かつ測定可能な要件として定義する。非機能要件も忘れずに定義する。

7. 要件定義書の作成: 定義した要件を文書化・可視化する。

8. プロトタイプ作成と検証(必要に応じて): 認識合わせのためにプロトタイプを作成し、フィードバックを得る。

9. レビューと承認: 関係者によるレビューを実施し、正式な承認を得る。

10. 要件のベースライン化と変更管理: 承認された要件をベースラインとし、以降の変更は正式な変更管理プロセスに従って行われる。

 

おわりに

要件定義は、プロジェクトの成否を決定づける最重要工程であり、その巧拙が後工程の効率と成果物の品質を大きく左右します。曖昧な要求を鵜呑みにせず、ビジネス目標との整合性を常に意識し、ステークホルダーを巻き込みながら、体系的な手法を用いて「真の要件」を具体化していくプロセスが不可欠です。

Vision Consultingが提唱する「価値創造型」要件定義は、手戻りの削減、スコープの安定化、品質向上はもちろんのこと、最終的にプロジェクトが生み出すビジネス価値の最大化に貢献します。

「要件定義がいつも曖昧で困っている」「手戻りが多くてプロジェクトが進まない」「ユーザーに使われないシステムを作ってしまった経験がある」といった課題をお持ちであれば、ぜひVision Consultingにご相談ください。

貴社のプロジェクト成功の礎となる、強固な要件定義プロセスの構築を支援いたします。

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補足情報

関連サービス:要件定義プロセス標準化支援、要求工学トレーニング、ビジネスアナリシス、UX/UIデザインコンサルティング、プロトタイピング支援、プロジェクトマネジメント支援

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